その7 軍曹波乗り天国


 25歳にして始めたサーフィンは、まったく上達しない
ながら、僕の大好きなスポーツだ。

 最初は江ノ島の西浜で教えてもらい、その後はウェット
スーツとボードを入手して細々とやっている。
 
 早起きして東京の自宅から鎌倉や大磯まででかけて
ヘナヘナになって帰りの運転をする上に、一日のほとん
どがただ浮かんでの「波待ち」。実際に波に乗っている
のは一日で数分。ボードに立っているのは数秒、という
ヒドイ腕前だし、実際行けるのは一年で数回だが、夏が
来ると、休日の天気予報が気になってソワソワしてくる。

 天気が良くて良い波のある日が、必ずしも土日に当た
るとは限らない。ある時、職場の友人とやっとの思いで
都合を合わせ、早朝鎌倉に集合した時などは、期待して
海を見に行ったら海面がまるで鏡のように静かで、波乗
りどころではなかった。

 それ以来波が良さそうな休日には、連れの有無にかか
わらず行くようになった。

 自然の条件が揃えば揃ったで、海はサーファーで大混
雑する。
 まるで行列のできるラーメン屋のように、七里ガ浜から
稲村ガ崎、江ノ島を越えて鵠沼、果ては大磯の先まで
ほぼ2m置きにサーファーが浮かぶ。

 波が来るとボードにうつ伏せになって岸を向き、両腕で
パドリングをする。ふっと後ろに引っ張られる感覚がする
と、次の瞬間、猛烈なスピードでボードが滑り出す。これ
が「波を捕らえた」状態だ。本当はここで立ち上がり、い
ろいろ技を繰り出すのだが今の僕にはどうにか一瞬立
ち上がるのがやっとだ。

 でも、この波を捕らえて乗る感覚は、一度味わってしま
うとその快感に病みつきになってしまう。
 そのために時間を犠牲にしても多少の危険を冒しても、
人々は波乗りをするのだ。

 危険について触れておきたい。
 波乗りのルールとして、「ひと波一人」というのがある。
 波がブレイクして誰かが乗ったら、その波はその人に
譲らなければならないのだ。
 しかしハワイやバリならいざ知らず、湘南でこのルール
を厳格に守っていたら全員が一回乗るのに丸一日かかっ
てしまうので、みんなぶつからないよう気をつけながらも、
全然守っていない。
 いいサイズの波が来たら、海岸線沿いに一列に並んだ
サーファー達(ほぼ全員他人)は仲良く「せーの」で乗る。
 最近TV番組で、「小学校対抗20人21脚」ってのを見
たが、あれを大人が海でやっている感じだ。

 上手な人は波を捕らえた後、右へ左へボードを動かす
ので、この状況では大変危険なのだが、それでも波に乗
る快感は何にも換えがたいので、みな平気でやってる。

 ボードの裏面にはプラスチック製の包丁のようなフィン
があり、これが当たると大怪我をする。
 また、ショートボードのノーズ(舳先)は槍のように尖っ
ているので、勢い良く波に乗った人のノーズによる怪我
は後を絶たない。 サーファー同士のトラブルも多い。
金髪やタトゥーなどなど、おっかないナリをした人が多い
ので、迫力満点だ。

 平和主義者の僕としては、自分の怪我もさることなが
ら人にだけは怪我をさせないように細心の注意をしてい
るつもり。

 しかし遠慮してばかりで波に乗れず、上達は遅い。
 「誰もいなければ上手になれるんだけどなあ」というの
は初心者にありがちな思い上がりで、海と、それを共有
する仲間をリスペクトした事にならないらしい。
 譲り合い、敬い合う精神こそサーフィンの真髄だと、偉い
サーファーは言う。
 う〜ん、しかしこの湘南でその精神は守られているだろ
うか?

 しかし、サーフィンは面白い。
 波の穏やかな湘南では、「やったぜ!」という乗り方は
一日に一回あるかないかだ(上手い人は何度でもあるの
だろうが)。

 でも、ウェットスーツに身を包んだ瞬間、海に入った瞬間、
いや、前日に目覚し時計を明け方の4時にセットした瞬間
に、幸せを感じてしまうのだ。
 暗いうちに起きて、眠い目をこすりながら早朝の第三京
浜を走り、苦労して見つけた裏道を抜けて腰越で一面広
がる海岸に出た時、一気に目覚めるのを感じる。

 適当に切り上げたり、休憩で食事をしている時さえも、目
の前は海。それだけでも幸せだ。

 海はもともと大好きで、バイクの免許を取りたての頃は、
よく日曜日ごとに江ノ島まで走ったものだが着いてしまえ
ば特にすることも無く、缶コーヒーを飲んで、しばしボーっ
とするばかりだった。それはそれでとても楽しいし実は今
でも結構やるのだが。

 サーフィンを知ってからは、海に対する思いがまた特別
なものになったように思う。例えば汚さないように気をつ
けるようになった(もともとゴミを散らかしたりはしないが)。

 波待ちをしていると、ちょっと沖で大きな魚が跳ねたり、
ボードの上にシラスのような小魚が乗っかることがある。
一度などは、迫ってくる波の中を右から左に魚が泳いで
いくのを見た。
 朝昇った太陽がだんだん高くなって暖かくなり、波が強く
なったり弱くなったりするのを感じていると、不思議とそう
いう特別な思いが身に宿る。

 あるいは、これが自然に対するリスペクトっていうものな
のかも知れない。
 もしそうならいくらでもリスペクトするから、どうか僕を達人
にしてくださいと波乗りの神様に祈っているうちは、きっと
これ以上の上達は無いだろうな。

 とにかく練習、練習だ。
 海でまわりを見回せば、40歳・50歳でも颯爽とロング
ボードに乗っている人も多いので、気長に練習しよう。

 本当の実力は冬場の練習で決まると言われているが、
厳寒の海に入る勇気は、今のところ無いけど。

 【これから波乗りを始める方へ】

1.ボードはロングボードをお奨めします。
 小さい波でも乗りやすく、浮かんでいるのも楽だから
です。女性や中高年サーファーに人気ですが、若者や
ベテランにも愛好者は多いです。
 ただし置き場所には困ります。

2.車はステーションワゴンをお奨めします。
 ボードが積みやすく、開けたハッチを屋根に、着替えた
り飯を食ったり、部室のように使えるからです。家族の車
しかない場合はコッソリ改造してでもワゴンにする価値あ
りです。

3.現地到着は早朝をお奨めします。
 鵠沼サーフビレッジの駐車場は6時オープンですが、
7時には満車になります。海もこの時刻なら空いていま
すが、9時を過ぎる頃には、前述の波待ち行列状態に。
 練習は、朝が勝負!遠慮深い僕は昼前に切り上げ、
ビールを飲んで早起きした分昼寝して帰ります。
  

久々の波乗りで、4時起きとは思えないほど
ご機嫌の筆者。
休憩で海から上がったばっかりです。


鵠沼サーフビレッジ。
いつもお世話になっています。
駐車場のおじさん達がとても親切です。


ANERAのウッドファンボード。223cmです。
大のお気に入りですが、使いこなせてません。
表面の白いものは、滑り止めのワックスです。


 江ノ島が見えます。
サーフビレッジにはビーチバレーコートがあるので、
波乗りはしなくても友達と来たら楽しいですよ。


海に並んだ黒い粒粒は全てサーファーです。


 サーフビレッジには子供が遊べる噴水もあります。


おととしの夏。同じくサーフビレッジ。
ワックスの塗りが甘いですね。
いつも右奥の「サイゼリヤ」で
昼飯を食べてます。



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