イギリス編 〜


1999年9月11日(土)
ウィンダミア・ケズウィック:曇り一時雨


目が覚めると、何となく薄暗い。
階下に降りて、ユキコさんと関西の女子大生と朝食。
今日、大学生の方はチェスターへ行くらしい。
ユキコさんはここまで同じバスで来た人と一緒に、ピーターラビットの作者の家に行くと言う。
湖や森をいくつも越えた田舎にあるというその家がとても魅力的に感じて、僕は同行させてもらうことにした。

曇りの日の湖は、僕が描いていた「湖水地方」のイメージそのままである。
湖は暗い色で、深井森に囲まれたその姿は神秘的だ。

バスでウィンダミア駅に行き、関西女子大生がオクセンホルム行き列車に乗るのを見送った。
バス停でもう一人の同行者と会い、挨拶をする。その女性は薬剤師だそうだ。
3人で、歩いてボウネスの街へ。ここは湖水地方らしく、アウトドアショップが充実している。
ここから、湖を横切る小さな船に乗る。なかなか趣のある木造船だ。
港からは大小様々な船が出ている。

船着き場に降りると、船頭さんは「ここから2マイルだよ」と教えてくれた。

山を越えるフットパス(小径)。森の中には、斜面に小さな砦の跡があった。
広々とした丘で牛や羊が草を食む。

石造りの教会がその牧草地の真ん中に建っている。ファンタジー映画に出てくるような魅力的で古い建物だ。
家畜用の板塀を大回りして扉を押してみたが、教会は閉まっていた。

天気は持ち直した。

フットパスは、何と牛が放たれている牧草地を横切る。
こんな所で牛に踏みつぶされたくはないが、通らなければ行けないのだ。
スペインで闘牛を観た僕にとって、牛はもはや温和な家畜には見えない。
でも彼らは、僕たちに全く構わずに黙々と草を食む。

牧場を通って森を抜け、長い道のりを経てピーターラビットの家に着いた。
愛らしい調度の素敵なところだったが、日本人ツアー客だらけで興ざめした。

この絵本は、家よりもむしろこの豊かな自然環境に育まれたのではないだろうか。バスツアーでここまで来てしまったら何も見えないと思う。
靴底をすり減らした貧乏カントリーウォーカーのひがみかも知れないが。

でも僕はここに来るまでの道で、他では決して得られないものをたくさん経験できた。素晴らしいハイキングだった。

帰り道、牛たちは申し合わせたように寝ていた。もう午後なのである。
そう言えば腹が減った。
僕たちは湖を渡る船を待ち、ボウネスの街に戻って食事をした。
ビーフバーガー&チップス、そしてギネスビールだ。ツーリスティックな店だったが、なかなか美味かった。
そこで二人に別れを告げ、僕はフェリーに乗ってアンブルサイドへ。
歩き疲れとビールの酔いで、僕は船上で心地よくうたた寝した。

昨日泊まったYHを湖上から見られた。やっぱり風格のある、美しい建物だ。
船はYHのすぐ隣の港に着いた。

僕は荷物を受け取り、出発する。
さっきピーターラビットの家で会ったMTBに乗った学生が帰ってきたので挨拶した。きっと自転車の旅も楽しいことだろう。
ケズウィック行きのバスを待つ。
狙っていた便は土曜には走っておらず、次のバスは10分遅れた。

僕は一瞬、次のYHをキャンセルしてもらい、アンブルサイドにもう一泊しようかと思った。その方が次の目的地リーズに近いし、この美しいところを離れたくなくなってしまったのだ。
しかし、僕は旅人なのだ、見知らぬ街が待っている。
この山の向こうに、湖の反対側に、また素晴らしい出会いが待っているのだ。
バスに乗り込み、連なる山々や羊たちを眺めながらそう信じた。

ケズウィックは小さな街で、列車が通っていないので静かで落ち着いている。

街の中心からYHまでは歩くと遠いが、湖を一周する定期船で近くまで行ける。
インフォメーションでYH行きの船と、明日のバスの時刻を確かめる。10時にここに戻って来れば良いらしいので久々にゆっくり眠れるが、どうやら明朝は僕を運んでくれる船はなく、歩かなければならないようだ。
明日は、この旅2度目の日曜日なのだ。

木製の船は僕たち乗客を乗せ、エンジンの鼓動に身を震わせながら湖の上を進む。
見たところ、2機のエンジンが独立していて前進・後退の操縦ができるらしい。
10分ほどで船着き場につく。
YHはすぐ近くの坂の上にあった。
古い邸宅で、前庭からは湖面が見える。アンブルサイドとはまた違った趣で、とても静かだ。
小さい女の子が二人、自転車で遊んでいる。
それを弟と母親が見て笑っている。
幸いYHでは30分後の7時から夕食を提供するという。
僕は与えられた選択肢の中からブロッコリのスープとハムのピザ、そしてフルーツを選んだ。

前庭のベンチでさっきの子供達が遊ぶのを眺めながら日記をつける。
昨日と同じように日が沈む。時おり車が通るが、とても静かだ。

7時になったので食卓へ。
「探す」と送り仮名まで書いてある日本語トレーナーを着ている女性がいた。
そう言えばペンザンスYHのスタッフは「愛」と書いてあるTシャツを着ていた。
今、日本語や漢字がブームらしい。
同席の老婦人はマーガレットさんと言い、いとこと一緒に祖母の育った家を訪れるのだそうだ。左手を骨折しており、ギプスにはギリシャ語でαγ?πη(Love)と書いてある。僕がその下に漢字で「愛」と書くと、たいそう喜んでいた。

部屋は大部屋だが、この邸宅はかなり立派なものであったらしく、細かい細工の施された暖炉がガラスケースで守られている。

ニューキャッスルの大学院で秋から学ぶという日本人の男性と知り合った。同じDanner社のブーツを履いていることが会話のキッカケだった。この靴は軽く丈夫で雨に濡れず、旅や遠出にはもってこいなのだ。彼は、イギリス人の綺麗なガールフレンドを連れていた。

出窓のようにせり出した、八角形の半分の形をしたスペースがいくつかあり、それぞれがラウンジ、子供部屋、キッチンになっている。ビリヤード台のあるプールルームまである。
なかなかくつろげるYHだ。
昨日、アンブルサイドのランドリーは混んでいたので、ゆっくり洗濯をする。
去年、何とここにエリザベス女王が訪問したらしい。その時の写真が何枚か飾られている。

夜になり、例によって僕はウィスキーの小瓶を持って前庭に行った。
今夜も、星はあまり見えない。


牛の暮らす牧場を横切って、
どこまでも続くフットパス(小道)。


石造りの教会を見つけました。
ファンタジー映画みたいですね。


湖をわたる船の上。


昼下がりのの牛親子。


楽しいピクニックの一日でした。



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