イタリア編 〜


1997年 2月7日(金) ヴェネツィア:快晴

今日もヴェネツィアは昨日に負けない快晴。
最終日なので、ひとつ近くの島々にでも足を伸ばしてみようと思い、水上バスの一日券を買った。
初めてヴァポレットでリアルト橋をくぐる。

僕はどんなに遠い距離でもこの島は自分の足で歩くのが好きなので、この水上バスを利用した事は殆ど無かったが、こんな天気のいい日には悪くない。

アカデミア橋で降り、昔スケッチした風景をもう一度探してみるが、やっぱり見つからない。
まあ良い。これでまた一つ今度来る時の楽しみが増えるというものだ。

そのまま運河沿いに海に出て、適当な船を見つけてサン・マルコ広場対岸のジューデッカ島に渡る。

大きな教会の前で降り、パドヴァで買って食べそびれていたパンを鳥にやる。
基本的にカモメにあげたくて高く放るのだが、どうしても地面に落ちて鳩の餌になってしまう。
でも、たまに空中でナイスキャッチするカモメがいて嬉しい。

YHの大きな建物が見えた。
何か大きな敷地の中庭に向かうみたいな入口があったので入ってみる。
緑の広場。 すれ違う、眼鏡にショートカットの女の子がにっこりと笑ってくれる。
静かだ。ここはヴェネツィア本当とはずいぶん違う。

赤く塗られたベンチや石のベンチが点在する。どうやら団地の中庭のようだ。

隣の敷地は何かの施設で高い煉瓦塀に囲まれている。
見張り台のようなものもあるから、あるいは刑務所なのかも知れない。

時刻はちょうどお昼で、海を挟んだサン・マルコ広場の方から遠い鐘の音が聞こえる。

しかし猫の多い島だ。
本当では殆ど見かけなかったが(騎馬像の足元に伏せられた青銅の盾を寝ぐらにしているのが一匹居たけど)、この広場だけで10匹くらいの猫が思い思いの時間を過ごしている。

片目の無いのや臆病なの、人なつっこいの等々、実にいろんな猫が居る。
鳩を狙って低く身構えている奴。
何故か窓の一点を見つめたまま座り、15分くらい動かない奴。
日だまりで眠り、尻尾で虫を追い払っている奴。
僕は犬好きだけど、猫も奥が深くて面白い。一日中観察していたくなる。

偶然見つけた教会脇のトラットリア。
混んでいるので席を探していると、待っていた4人連れの男が「もう10分かかるらしいよ」と教えてくれる。
やっと席が空く。さっきの男が同席させてくれる。
聞けば彼はブラジル人で、YHに泊まっていた。
彼と女性の二人が連れで、あと2人はほんの2時間前に知り合った同じくブラジル人だという。
10年来の友達にも見えた。

ポルトガル語で話しててゴメンね、と断りを入れてくれるが、彼らは終始僕に英語で
「日本語で乾杯は何て言うの?」とか「大学で何を勉強しているの?」とか話しかけてくれた。
こういう時に拙い英語で「英米文学です」と答えるのは本当に恥ずかしい。

ボンゴレ・ビアンコとタコのサラダを食す。
昨日のが上品で一応は洗練された味なら、ここのタコサラダは荒々しい漁師の味。
タコ墨まみれでほろ苦く、本当に美味い。
例によってセロリとルッコラがまぶされているが、昨日よりタコの比率が多い。
ボンゴレ(アサリ)にも海の薫りがして美味い。
1/4ワインをおかわりして結局半リットル飲んでしまう。

ブラジル人と食卓を共にするのは生まれて初めての体験だが、本当に楽しい。
ジューデッカ島くんだりまで来て良かった。

隣の、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島へ。 大きな教会があるだけの島。
サン・マルコ広場の人だかりが、遥か遠い世界での出来事のように思える。
エレベーターで塔に登ると、ヴェネツィア本島・ジューデッカ島・リド島、そして列車で渡った橋の向こうのイタリア本土が見えた。大小の船が行き来している。

海は午後の陽光を反射して光っている。
泳げば渡れそうな程本島に近い島々なのに、それぞれ全然雰囲気が違う。
静かで広々としていて聞こえるのは時たま通る船の音だけだ。

僕は今日、この最終日を島々を巡る日にして本当に良かった。
素晴らしい出会いと発見に満ちあふれた最高の一日だった。

教会の裏は寄宿舎付きの学校らしい。
Marinaとあったから、あるいは海軍予備校なのかも知れない。
中庭ではサッカーをしていた。

水陸両用車が海を渡っているのが見えた。生まれて初めて見た。

午後になって日が傾き、海は最後の輝きを見せている。
海へ降りる階段には海草とムール貝が無数にこびりついている。
平和を絵に描いたような午後。

船でサン・マルコに戻ったが身動きも取れない人だかりなので、もう一度船に乗って
ムラーノ島に行ってみる事にする。

一日券を使いまくりたい気持ちもあったが、ちょっとこの騒ぎは普通じゃない。
さっきのブラジル人学生達は「リオはもっとすごいよ」と行っていたけれど、僕にはこの程度で充分だ。

午後4時。今ならまだ何とか陽もあるだろう。

サン・マルコ広場を出た船は、一昨日行った海洋史博物館の横で河に入り、旧王立造船所を通って島の反対側の海に出た。

造船所ではまだ船を造っているらしく、体育館のような倉庫には何隻かの船が格納されていた。

島全体が墓地であるサン・ミケーレ島の横を通る。
降りてみようかと思ったが、もうすぐ日が暮れそうなのでムラーノ島に急ぐことにする。
ヴァポレット乗り場には墓参りの帰りなのか何人かの家族連れが本当行きの船を待っている。

ムラーノ島に着く。

雰囲気は、リトル・ヴェネツィアという感じ。
河沿い(メインストリートらしい)の店は殆どがガラス製品を飾っている。
ここはヴェネツィアン・グラスの島なのだ。島の裏側にはガラス博物館もあるらしい。

ここはジューデッカ島よりも静か。
もう夕方という事もあって、観光客はあらかた本島に帰ってしまっているし、夕食までにはまだ少し間がある。

傾いた太陽が本島の方に沈もうとしている。低い井戸の影が長く長く伸びている。

小さい船が河を通って、水がちゃぷちゃぷと音を立てる。しばらくすると、再び静かになる。

太陽はまっ赤に燃えている。明日も良い天気になるだろう。
僕は、このようにしてヴェネツィア滞在の日々を終える。
あの寒々しい初日が嘘のように思えるほど、素晴らしい日々だった。

そして僕の旅はいよいよ後半に入る。 もうローマに着いた日の事が遠い昔のように思える。

最後の夕食をとりにCasa miaへ。 この際思いっきり食ってやろうと思って、腹を空かせて行った。

緑の花模様のベストを着たシニョーラと青いギンガムチェックのヒゲ親父。
通い慣れたこの店とも、とりあえずのお別れだ。
ツーリストメニュー(海鮮パスタ・イワシとイカと小蟹のフライ・サラダ・1/4ワイン)に加えて一番のお気に入りだったゴルゴンゾラと生ハムのピッツァを食す。ワインはおかわりした。
二度と忘れたくないくらい美味い。

出る時に照明に頭をぶつけてしまい、シニョーラに笑われた。
僕が単語を並べただけの怪しいイタリア語で
「僕は明日ボローニャに発ちます。ありがとうございました。さようなら。」と言うと、分ってくれたのか
「プレーゴ、アリベデルチ!」(どういたしまして。さよなら!)と言って笑ってくれた。

日課になっていたCasa mia通いもこれで最後。ちょっと寂しい。

でもこの愛するヴェネツィアにいつかまた来た時には、必ず来ようと思う。
今になってみれば、この店の名前「Casa mia」(我が家)も嬉しい。
僕は勝手にこの店をそう思うことにする。


昔ながらの造船術でゴンドラを作りつづける工房。


ジューデッカ等の猫。


ジューデッカ島から。
遠くにサン・マルコの鐘塔が見える。


コカコーラの配達も、
この島では当然船で行う。


水陸両用車が海原を走る!



本島の夕暮れ。



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