1994年 9月 3日(土) プラハ:曇のち晴れ

 

久々に少し寝坊してみる。

朝8時頃起床。南下したとは言え朝は少し涼しく、Tシャツに薄いコート姿ではやや寒く感じる。

博物館から昨日の大通りを歩いてみるが、パリのようなカフェは無く、朝食が食べられそうなのはハンバーガー屋のみ。そこで朝食をとる。

朝市を覗く。野菜や服に混じって、盆栽を売る店が多い。「BONSAI」と書いてある。
中欧の人に共通する精神世界なんだろうか。

楽器屋で安いクラリネットを見つける。ホテル代が安くて浮いた分くらい。欲しいが荷物になるし、E♭管の指使いは知らないので教本が無くては吹けない。

街角にはチケット屋が点在し、様々なオペラやコンサートの看板があり、ビラが配られている。

今は「魔笛」と「フィガロの結婚」をやっているらしい。モーツァルトの没後200年祭から3年が経つ。

街には宮殿や貴族の館が多く在り、会場には事欠かない。

僕達は今夜リヒテンシュタイン宮殿で行われる、プラハ・ギターカルテットのチケットを入手した。300コルナ(1200円)。
 
博物館の階段に座り、開館を待つ。
いきなり恐竜の動く模型があってがっかりするが、それ以外の常設展が素晴らしい。
巨大な鯨の骨格、煌びやかな宝石を始めとする鉱物の数々。チェコの歴史のコーナーでは日本の土偶のような女性像があった。きっと女性を敬い、崇拝していたのだろう。

まるで動物図鑑のように古今東西ありとあらゆる種の剥製が並ぶ。

ドラえもんの「モアよドードーよ永遠に」で見た、モアとドードーを初めて見た。
確かあの話では隔絶された無人島に絶滅した鳥の楽園をつくるのだ。僕はこの漫画から実に多くの事を学んだ。

広場まで歩くと、時計搭の下で楽団が演奏中だった。中央には鍵盤の無いピアノのような楽器が置かれ、奏者はスプーンのような撥(ばち)で弦を叩き、チェンバロのような音を奏でる。それをバイオリンとコントラバスが囲う。曲は「ハンガリア舞曲第5番」。
高校の吹奏楽部で初めて吹いた曲だ。感激。

正午、時計搭のからくりが動いた。
鐘が鳴って窓が開き、12使徒が順に顔を出す。一人一人が通るたびにこちらを向く。
まるで舞台のカーテンコールだ。時計盤の右には聖人に混じって骸骨の姿も見えた。
渋澤龍彦の本で読んだメメント・モリ(死を想え)の教えだろうか。

搭に登ろうとすると、階段途中は教会で、結婚式をやっていた。ブリジット・フォンダに良く似た花嫁は涙顔で友達と次々にキス。旦那様はジェラール・ドパルデューそっくりの豪快な感じの人で、「生涯最高の日だ!」というのが顔に出ている。

搭の上からプラハの街を一望。
数が減ったとは言えやはり「百搭の街」。そこかしこに尖塔がたちそびえる。遠く丘の上にプラハ城が見える。

搭を降りて城を目指す。建物の間の渡り橋の下をくぐり、彫刻のある柱を眺めながら歩く。
マリオネットやグラスを売る店が並ぶ。
いい街だ。
飼い犬が多いが半分くらいはつながれていない。


からくり時計。
窓から12使徒が次々に顔を出します。

時計版の右側にはガイコツが居ます。


時計搭全景。
「百塔の街」という言葉は、
不思議と魅力的ですね。


時計搭の上にて。
プラハの街を一望できます。




楽団の演奏風景。
中央音楽の不思議な音色。



モルダウ河を渡る橋の両側には聖者達の石像が並び、その前にはアクセサリーなどの出店とパフォーマンス。グラスハープで「グリーンスリーヴス」を奏でる老人。

河幅は広いが流れは穏かで、橋の向こうは高台。城の姿が近づいてきた。

橋を渡るとすぐにニコラス教会。その向かいが今夜のコンサート会場。係の人に訊いてみる。

「こんな格好で来てもいいんですか?」
「クラシックじゃないんだから全然OK。ノープロブレムだよ。」
 との返事をもらい、安心して城に続く石畳の坂を上る。

フロントガラスにリボンを貼った車が4台連なって通る。どうやらまた結婚式らしい。

プラハ城の大聖堂は見事なゴシック建築。
地下には歴代チェコ王の墓。
隣の旧宮殿からプラハを一望。高台なので遠くまで良く見えた。

行きとは違う坂道を下りる。
途中、段々畑のような所に出る。
寒かった今朝が信じられないような、暖かくやわらかな日差し。

カフェに座って休む人々。僕もそれにならう。久しぶりにのんびりと良い気分だ。

そう言えばあの冷え込んだ朝からこんな良い天気になったのは、あの教会の前の、花嫁を見た一瞬だった。ふたりに幸多からん事を祈る。

やがて街に戻る頃に日が暮れ、夕食。物価が安いので贅沢をしてみる。チキンのシャンピニョン巻きにスパークリングワインで1200円だ。少し酔ってコーヒーを飲み、コンサート会場の宮殿へ。中庭で開演を待っていると、ちょうど4人組がスーツとギターケースを持って通る。

コンサート会場はまさに絵本で見たような宮廷の音楽会さながら。煌びやかなシャンデリア。飾られた舞台や椅子。

でも客は普段着。ネクタイ姿の人もいるが、ダウンジャケットの人もいる。

カルテットが現れ、演奏が始まる。

僕は正直に言ってあまり期待しておらず、雰囲気を楽しめたら良いくらいに思っていたのだが、その思いは見事に裏切られた。

素晴らしい!
たった4本のクラシックギターで、ああまで表現できるとは。
40人ほどの観客なのに、割れんばかりの拍手。アンコールで偶然にも僕の一番好きな曲、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」が演奏された時にはさすがに涙が出そうになった。

クラシックギターを学ぶ原田は、CDまで買っていた。

明日は早朝にウィーンを目指す。

モルダウ河の橋のたもと。
白鳥の姿が、いかにもってい感じですね。


プラハ城の大聖堂。
なぜか裏側。


Next

戻る

 TOP