1994年 9月 16日(金)
タンジェ:晴れ
ジブラルタル:晴れ
アルヘシラス:晴れ

モロッコ時間の朝7時起床。

僕の乗るはずだった列車は2時間半前に発車してしまっている。
昨夜は遅くまでラジオでガンガンにレゲエがかかっていたので耳栓をして眠ったが、それでもよく眠れたことを喜ぶべきなのだろう。
ダニみたいな虫がたくさん毛布にいたらしいが、気づきもしなかった。

アルヘシラスの7時はまだ真っ暗だったが、ここは時差のおかげでもう明るい。
最初の船は9時半ということで、YHを8時頃出発するつもり。
今日はどんな一日になるか、今夜どこで寝るのか、見当もつかない。まあ、どうなるにせよ何とか乗り切っていくつもりだ。
昨日知り合った日本人の石関さん、韓国系スウェーデン人のカミラさんと行動を共にする。
石関さんは僕たちより軽装で、スーパーのビニールを下げている。
荷物はフランスに置いてきたらしい。

外はもう暑くなりかけていた。
気楽に構えて港に行ったが、何とストライキは決行中。

港は旅行者でごった返している。
様々ないい加減な情報が飛び交う。
そんな中、飛びっきりのいい情報が入った。
スペインのフェリー会社はストライキ中だが、イギリスの旅行会社は動いているというのだ。最初は耳を疑った。
「イギリス?ここから1000qの船旅は論外だ。荷物もスペインに置き去りになる。」ところがよく聞くとスペイン南端、アルヘシラスからバスで30分ほどの場所にイギリス領ジブラルタルの街があり、そこに行く船があるというのだ!

ところがスペインのフェリー会社は払い戻しに応じてくれず、何とカディスに向かう船を運航するから、それに乗れと言う。

僕はとりあえず払い戻しは後にして、ジブラルタルへ向かうことにした。
この船は金曜と日曜に一本づつしか運行されていないのだ。
ところが、乗り場はパニック状態。
もみくちゃにされながら並び、殆どもぎ取るようにしてチケットを手に入れ、出国審査へ。
ところが僕のパスポートにはすでに出国スタンプが押してあるし、再入国のスタンプは昨日のミスで消されてしまっている。
それでもどうにか説明して通過し、やっとの思いで船上へ。

船は乗船後7,8分で港を離れた。危ないところだった。
朝イチから土壇場だ。

ようやくモロッコを離れることが出来た。モロッコ時間9時半。
全てにおいてギリギリのタイムだったのだろう。
改めて神様に感謝してやまない。

船の横をイルカの大群が通って行ったという。
僕は残念ながら見られなかった。

2時間半でジブラルタルに着いた。
小高い丘の上に城塞が建ち、イギリス国旗ユニオン・ジャックがはためいている。表示は英語。ここはイギリス領だ。
通貨はポンドだが、ペセタも通じる。
僕は今日の今日まで、この土地の存在を知らなかった。
「日の沈まない国」と言われたかつての大英帝国は、香港以外にもその跡を残しているのだ(注:1994年当時香港はイギリス領だった)。

街並みはイギリスっぽいのに日差しはスペイン並み。妙なものだが、ここがイギリス領でなかったら僕はまだモロッコで足止めを食っていたんだから、まあ有り難いことだ。

世界はうまくできているんだか奇妙なものなんだか分かりかねる。

オイルくさいガソリンスタンドに腰を下ろし、でかいハンバーガーを2つ食べた。
昨日から売店で買ったパンしか食べていないので、とても美味かった。

スペイン行きのバス停は近いらしいが、まだ見つけてはいない。
スペイン時間午後3時。
今夜はアルヘシラスに泊まることになるだろう。

ジブラルタル市街をバス停目指してひたすら歩く。何と、上空を戦闘機が飛んでいった。英国空軍のものらしい。とんでもない速さ。数秒後に轟音が届く。

その基地の滑走路を横切る。
どうやらジブラルタルはイギリスにとって軍事的に必要な場所らしい。
しかし、何という広さだろう。
こんなに広い人工の平面は、今までに見たことがない。
成田空港などでは飛行機の小さな窓からで分からなかった。
右も左も、どこまでも平ら。その中央を、歩道が横切っているのだ。

国境に着く。もちろんパスポートチェックがある。
まさかイギリスを経由してスペインに戻るとは夢にも思わなかった。

暑い。バス停は見つからない。
急にスペイン語の表示ばかりになった。
嬉しいような、不思議なような気分。

交通巡査に道を訊き、ようやく到着。
一度通りすぎた場所だった。バスを建物の内側に入れるタイプの操車場で分からなかったのだ。

4時15分にバスが出る。200ペセタ。
最悪の場合はタクシーに乗るつもりだったから、まあ嬉しい。

バスは海岸沿いに西に向かって走る。海は午後の陽に輝いてきれいだ。

バスの座席に身を沈めたら、どっと疲れが出た。
でもこれでアルヘシラスまでは行けるだろう。それでいい。

この旅最大と言えるトラブルを何とか乗り切れた。
行動を共にしたこの4人や、ジブラルタル行きの便を教えてくれた人のおかげだ。僕だけの力じゃない。
でも疲れた。本当に疲れた。

30分ほどで、バスはアルヘシラス駅前に着いた。こんな何もない街でも、無性に懐かしく感じた。
戻ってきた。帰ってこられた。

バスを降りると、到達感とも脱力感とも着かぬ気持ちになった。

駅には、モロッコで往生していた旅人が何人かいて、無事を祝いあった。

フェリー会社は結局払い戻しに応じてくれず。このチケットは少々高めの記念品になった。

何人かと食事をして、9時の夜行で一緒に過ごした石関さんを送る。握手をして別れる。お元気で。お気をつけて!

その後カミラさんと駅で知り会った小山さん(女性)と4人で飲む。
小山さんはスペイン語学科らしい。
言葉を使えるというのは心強く、旅を楽しいものにしてくれるだろう。

ホテルに戻る。
何の連絡もしなかったのに部屋も荷物もそのままで、笑顔で迎えてくれた。有り難い。

何はともあれひと山を越えた。今は何も考えずにただ眠り
たい。

感謝の気持ちや怒りを感じたことや疲労感が津波のように押し寄せる。

僕はそれらに打ちのめされて、ただただ深い眠りに落ちていった。


モロッコを後にする船の上で。
この時は「もう来るものか!」と思っていた。

ジブラルタルのガソリンスタンド。
こんなに暑いが、ここはイギリス。

 
ジブラルタル行きのフェリー乗船券。
裏のスタンプはアラビア語。



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