雨は降りきったらしく、今日は素晴らしく晴れている。 前庭の芝生は夜露に濡れていた。 ここで飼っているらしい、黒い大きな犬が寝っ転がっている。 消防車が来て屋根にハシゴをかけ、なにやら作業をしている。 幸い、緊急の用事ではなさそうだ。 今日の目的地はコーンウォールの西端、その名も「地の果て(Land's end)」。 小さいメルセデス・ベンツの白いバスは9人の乗客を乗せて走る。 街へ向かう下り坂からは朝日に輝く海が見えた。 運転手は古い教会や史跡で停車し、説明してくれるのだがいまいち聞き取れない。 ロンドンでは殆ど困らなかったが、イギリスは広い。 何にしてもコーンウォールの風景は素晴らしい。 森と田園、時折のぞく海。 Land's endでは4人がバスを降りる。アメリカ人のラリーと僕、ベルギー人の女の子2人。 この地名から荒れた寂しい場所を想像していたのだが、ここは静かで美しい岬だった。 切り立った崖に波がぶつかる音だけが聞こえる。 今来た道のほかに、海沿いにどこまでも続く小径が延びている。800kmも続くらしい。 Land's endとは言え、道の終わりというものは無かった。 僕たち4人は、その細い道の先にあるという野外劇場を目指して歩き出す。 これが山あり谷ありの物凄い道で、全く覚悟していなかった僕には少々こたえた。 でも美しい花々と眼下に広がる海は、僕たちを楽しませてくれる。 2人の女の子は姉妹で、名前はティナとミカだった。ティナはジュリア・ロバーツを普通サイズにしたような感じで、いたずらっぽい笑顔がかわいくて印象的だ。ミカはおっとりしているが姉との旅を心から楽しんでいるようだ。 ラリーは役者で、スタンドアップコメディーを演じる。とてもそうは見えない静かな男である。 僕たちはいろいろなことを話しながら歩いた。 四角いブロックを積んだような不思議な崖。 エメラルドグリーンと水色が混ざったような海。 馬や牛、豚と農家。 小さな駄菓子屋のような売店の先に木のテーブルと椅子があったのでアイスクリームを買って休み、僕たちはまた歩き出す。 ミカが小さい木イチゴを摘んで食べた。 老婦人とすれ違って立ち話をした。 小川に渡された木の橋を渡った。 小さいビーチがあり、何人かが海水浴を楽しんでいる。そう言えば暑いが不思議と喉は渇かない。Tシャツの汗もあっと言う間に乾いてしまう。 長くきつい道のりだったが、とてもとても楽しかった。 当初は「地の果て」を見て帰るつもりだったのだが、3人の計画に乗ったおかげだ。 ありがとう! 野外劇場に着く。 シラクーサの古代劇場に比べると学芸会のようなものだが、後から知ったところに寄るとこの劇場はロウィーナ・ケイドさんというたった一人の女性の手によって作られたものだと言う。二つの大戦をかいくぐるようにしてこのミナック劇場に一生を捧げた彼女の話は、いずれまたの機会に。 歩き疲れた僕たちにとって、その向こうに見える海の美しさは忘れ難いものであった。 ぼおっと海を眺めていたら、3人とはぐれた。 何の約束もしないで適当に解散したからだ。入口が見えるところで待っていようと思い、芝生に座って日記をつけていると日本人の若い女性が話しかけてきた。 英国人の40歳くらいの男性を伴っている。彼は成城大の教師で、彼女は先生を訪ねて旅行中なのだそうだ。 何と僕をペンザンスまで連れて行ってくれると言う。 待てど暮らせど3人に会えそうにないので、僕はありがたくシトロエンに乗せてもらう。彼らは長く旅をしており、ここコーンウォールは彼の故郷なのでお兄さんの家に滞在しているそうだ。 ドライブは楽しい。 好きな時に好きなところで停まれるのだ。 あっと言う間にペンザンスに着き、僕は2人に礼を言って別れる。 僕はふと、この街に着く時に列車の窓から見えた島に行って見たくなった。 St. Michael mountという小高い丘の上に修道院だけがある島で、その名の通りフランスのモン・サン・ミッシェルのような場所だ。 島の近くまで行くバスが出るとすぐに海が広がり、城のある島影が見えた。 マラザイアンという港町で降りる。ここはなかなか素敵なビーチリゾートでもあり可愛らしい店が建ち並んでいる。 入り組んだ路地の向こうに、島行きのボートが出る船着き場があった。 今まさに船が出ようとしていたので、僕は飛び乗った。 夕方になっても強い陽光に照らされた海を、ボートは進む。 ほんの5分で島の港に着いた。 小さなヨットやボートが停泊している。 修道院への入場券を買って丘を登ると、石造りの古い建物がその姿を現した。 僕は丘に座って海を見下ろし、溜息をつく。 海は傾いた日の光を浴びて輝いている。 今日はやりたかった以上の経験ができた素晴らしい一日だった。 コーンウォールの美しさを肌で感じることができた。 バスに乗ってペンザンスの街に戻り、買い物をしてYHへ。途中、ラリーにバッタリ出会う。あの後みんなは会えて一緒に帰ってきたらしい。 インスタントラーメンにレトルトカレーというジャンクな夕食。慌てて食べたら口の中を火傷した。パプリカ・ガーリック・カレーパウダーなどスパイスはキッチンに置いてあ留ものを使った。 ティナとミカが帰ってきたので、会えなかったことを謝った。2人はお茶を飲んだりその辺を歩いたり、割と楽しかったようだ。 住み慣れたペンザンスとももう少しでお別れ。 明日は早朝から夕方まで列車による移動なので、暇な一日になりそうだ。 でも今日は良く歩いたから、ちょうど良いのかも知れない。 星を見ながらウィスキーを飲もうと外に出ると、ラリーがやってきて「もっとよく見える場所があるよ」と僕を森の向こうに連れて行ってくれた。 天の河が空を横切っている。 降ってくるんじゃないかと思えるような星空だった。 |
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この日一緒に長い長い道を歩いた4人。 |
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ブロックを積み上げたような 不思議な岩を見つけました。 |
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海を見下ろすティナ。 |
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道の途中で、ひと休み。 みんなに「撮るよ!」と声をかけて ニッコリ笑ってくれたところ。 最高に楽しい一日でした。 |
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マラザイアンの街から見た 聖マイケル・マウント。 |