イタリア編 〜


1997年 2月9日(日) フェッラーラ:霧 ボローニャ:晴れ

8時に再び目覚めて身支度。
もしマントヴァに直行する列車があったらボローニャよりも先に行きたいな、などと楽観的に考えていた。 日曜なのでなかなか来ないバスを待つ。

昨日のバスは駅から一本だったが、今日のは路線が違うので大回りする。
サッカースタジアムなどを通る。
この辺から、やりたい事と現実に少しずつ隔たりができてくる。

駅に着く。乗客は僕ひとりだったので運転手さんに「Grazie!」と言って降りると、
「chiao!」と答えてくれた。
気分良く駅舎に入ると、どうも様子がおかしい。
時刻表の電光掲示板は真っ黒で何も表示されていないし、第一日曜日だというのに人が少な過ぎる。そして、みんな一様に暗い顔をしている。

ホームに出ても乗客はおろか駅員の姿すら無い。
黄色い出発時刻表には何やら紙が貼られている。
訳知り顔の日本人バックパッカーが居たので尋ねると、薄々気付いていた通り、これが悪名高いイタリア名物国鉄ストライキだった。

やれやれ。 さて、と僕は策を練る。

【策1】フェッラーラにもう一泊する
(これは論外。昨日書いた通り落ちつく街ではあるけれど2日も過ごしたくはない)

【策2】バールに居てスト解決を待つ
(平日ならまだしも、駅周辺に営業中のバールなんて無い。駅舎に居るのも寒々しいし、一体いつ解決するのか見当もつかないので時間と精神力を消耗したくない。)
【策3】他の交通手段を探す。

僕は【策3】を選択した。

【3−1】タクシー
(50kmくらいあるので、いくらになるか分らない。これなら、策1や2の方がマシ)。

【3−2】ヒッチハイク
(やってみる価値はある。最悪これで行こうと思う。)

【3−3】バス。
バス!!!その手があった。

フィレンツェ−シエナ間だって列車便があるのにバスが運行していたではないか。
僕は日曜だと言うのに奇跡的に開いていたツーリスト・インフォメーションでボローニャ行きのバスが無いかどうか訊く。
これまた奇跡的に、国鉄のストとは関係なくバスは運行していた。

チケットを買う。6千リラ(思いの外安くてホッとする)。ターミナルを教えてもらって、親切な大阪弁バックパッカーに別れを告げ(彼はボローニャから来てヴェネツィアを目指すのだ)、歩き出す。今日は霧。霧の日には悪いことばかり起こる。

気が滅入ることに、さっきのバスと全く同じ道をとぼとぼとターミナル目指して歩く。
バスは11時半。今はまだ9時。

近くに一軒、甘い物専門のカフェがあったが、まともな朝食を求めて歩く。
でも、どこにも営業している店がない。間の悪いことに今日は日曜日なのだ。やれやれ。

通りで声をかけてくれた親切おじさんが、「バールならこっちに良い店があるよ」と
バス停と逆方向へどんどん僕を連れて行ってくれる。
でもまあ、朝食がとれればいいやと思ってついて行ったが、なぜか今日に限ってお休み。
彼は申し訳なさそうに「う〜ん、ゴメン。城の方まで行けば絶対あるんだけど。」と
言ってくれたが、城まで戻るのはさすがにちょっと気が引けるので礼を言って別れ、
結局もとの甘い物専門店に入る。やれやれ。

バスはきちんと発車した。
どうもスト妥結の兆しは無いらしく、さっきの関西弁バックパッカーも乗っている。
今夜フィレンツェからチューリッヒ行きの夜行に乗るらしいが、それまでに列車が動くかどうかも分からない。大変気の毒である。

きちんと発車したバスはきちんと走っていたが、行程のちょうど真ん中くらいで、運転手が優しい顔をしたリチャ−ド・ギア似のおじさんからワイルドなロバート・デ・ニーロ似の男に代わる。このあたりから登りになり、道も大きくカーブしてくる。

バスはジェノヴァを思い出させるほど右へ左へ車体を揺さぶりながら進む。

1時間でボローニャに着く。陸橋の上から駅が見え,ホームには何本か列車があって
人の姿も見えたので、さっきの彼に「良かったですね。お気をつけて!」と言って別れたが、僕がYH行きのバスを確認してから駅へ行ってみると、全然動いてなんていなかった。

もう昼だし大きな街なので駅にはたくさん人が居るが、皆それぞれの目的を達成できず少なからず苛立っている。日本人の女の子が二人居たので何か情報はないかと訊くと、一応ストは明日の昼まで続くと書いてあったという。

まあいいや。ここに2泊すれば状況も変わるだろう。

天気も良くなった。どうやら悪い風は過ぎ去ったようだ。
荷物を預けて町へ出る。日曜日なので、例によって店のシャッターの多くは閉まっているし、午後1時なので博物館も何も入れず、するべきことは何一つないが天気は良く道は広く、街行く人々はにこやかだ。それで良いじゃないか。

ボローニャの斜塔に登る。
斜塔と言っても傾いているのは2本並んで建っているうちの登れない方なのでピサとは多少違う(もっともピサも登れないけど)。

かつて富を誇ったボローニャの金持ち達の間で高い搭を建てるのが流行り、この搭は高さを競う余り基礎を怠って建設中に傾いてしまったのだ。実にイタリアの小都市らしい話だ。

広くてとても登りやすい。ウィーンのシュテファン寺院とかシエナの搭とはずいぶん違う。

途中、ピサの斜塔の高さの所にその旨を書いた表示板があった。
「ボローニャの斜塔はこんなに高いんだぞ!」という意味だろう。

階上に出る。こんな息の切れた搭は初めてだ。
こんなところで倒れたら誰も助けてくれないだろうななどと思ったりする。
天気が良くなったとは言え、遠くのほうは霞んで見えないけど、景色はすこぶる良い。
駅から広場まで、歩いてきた道を目で辿れる。搭が街に影を落としている。隣りの搭の傾きが目でわかる。風か気持ちいい。シエナほど寒くないので、ぼーっとしていられる。

ふと、眼下の街が賑やかになったのを感じる。見下ろして見ると、広場のほうでパレードが始まったようだ。
僕は擦り減った木製の階段を降りて広場に行ってみる。

搭を降りきって広場に着いた頃には、もうかなり盛り上がっていた。
トラックの荷台を改造したらしい山車に、ハリボテの人形や旗など思い思いの飾り付けをした数々の車。
その上に動物や魔法使い、怪傑ゾロやバットマンの仮装をした子供達が乗り、例の紙吹雪やポップコーンの袋、ゴムボールを町中に撒いている。

大音量でマーチがかかっている。
ピザ屋の宣伝らしい手作りのトラックや、コメディー映画の発明家が乗っていそうな自転車。

ハリボテはインディアンや海賊、船、ピノキオ、小人の家から「ノートルダムの鐘」や
「リトル・マーメイド」をテーマにしたものまで様々。とても面白い。

海賊が船から降りてきて、婦警さんに紙吹雪をかける。き上がる笑い声。同僚の警官たちも笑っている。(注・イタリアの警官は勤務中に煙草も吸うし女の子も口説く。)
とにかく楽しい。
ヴェネツィアのカルネヴァーレはかなりツーリスティックだけど、ここでは地元感覚丸出しだ。
ハリボテや絵も上出来ではないがとても暖かい。きっと子供たちと共同作業で作ったのだろう。
アオスタの祭りも相当楽しかったけど、ここのは底抜けだ。
子供から大人まで紙吹雪のかけ合い(イタリア人はもの凄い親バカが多くて面白い)。

ひと昔前に日本でも流行った、固まってひも状になるスプレー(確か「クレイジーストリング」という名前で、日本では発売中止になった)を吹きつけ合う子供やティーンエイジャーたち。

街は、紙吹雪で埋まってしまった。仮装姿で走り回る子供たち。
そう言えば、やけにいろんな店で仮装グッズやおもちゃの剣、魔法の杖などを売っていた。

パレードが終わって日も傾いてきたので、僕はYHに向かう事にする。
荷物を受け取ってバスターミナルへ。
ベンチで隣に座った4人家族もお祭り帰りと見えてはしゃいでいる(特にお父さんが)。

こっちの祭りは、復活祭前の謝肉祭が由来らしい。
でもどこにもそんな伝統とか格式は見当たらない。とにかく楽しいだけ。 たまたま巡り会えて本当に良かった。
せめて関西弁バックパッカー氏もこの祭りが見られていたらいいなと思う。
(駅で午後8時から列車が動くという表示があったので、彼がここで夜まで足止めを喰っていた可能性はかなり高い。)

バスに乗る。
乗り際に「サン・シストYHに行きますか?」と僕が訊いたのを憶えてくれていたお爺さんが「ここだよ」と教えてくれた。そして降りてからうろうろYHを探していたら、通りがかりの
お婆さんが「ここだよ」と教えてくれた。

庭にバスケットコートなどのある近代的なYHで、部屋はいくつか荷物などもあるものの、まだ僕しか居ない。

夜になって何人か人が戻ってきた。

共同の寝室には、トランク一つで旅をするフランスの道化師が居て、自分のベッドに
腰掛けて白粉(おしろい)を落としていた。
モジャモジャの髪にダブダブの服。トランクの中には大道芸の道具。
きっと今日のお祭りで人を楽しませてきたのだろう。

静かで優しい語り口でいろんな街の話をしてくれたが、きっと疲れているのだろう彼の
背中には旅芸人独特の哀愁が漂っていた。

でも自分の生き方を気に入っているようだし、それがすごく似合っているように思えた。

YHでは実に様々な人間と出会える。ホテルにはない大きな魅力だ。

食堂は夜やってないので、京都の大学生と一緒にパンを食べる(僕はカロリーメイト)。

もう一人アイルランドに留学中の日本人と、フランスからボローニャ大学哲学科に来た
留学生(紙の生え際がジャン・レノに似ているのでレオンと呼ぶ事にする)と、
スイス人の写真家の女の子と話す。

クレアというその女性はローライの2眼レフを愛用しており、僕が祖父の形見で同じ
形式のリコーフレックスを持っていると言うと、部屋から持ってきて丁寧に使い方を
教えてくれた上に、6×6のフィルムを1本くれた。

遅くまでいろんな事を話し、とても楽しい夜だった。

11時くらいまで起きていたので珍しくシャワーを浴びないまま寝た。
ちょっと空腹だが翌朝までぐっすり眠る。


奥に見えるのがボローニャの斜塔です。


傾き加減はこんな感じです。
手前の塔はヤバ過ぎて登れません。


紙ふぶきを撒く子供達(たぶん姉妹)と、
それ以上にはしゃぐオジサン。


この山車のテーマは「ダンボ」のようです。


巨大海老を乗せて行くトラック。


発明おじさん。
こんな人いたら楽しいですね。
家族だったらチョット困るけど。


乗用車を改造した海賊船。
この船長は、婦警さんに
一生懸命ちょっかい出してました。



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