1994年 9月 11日(日)
 バルセロナ:晴れ

まずは闘牛場の入場券売り場でひと騒動。
「一番安いのおくれ」と言ったら子供の券を買わされ、しかもお釣りをごまかされた。
スペイン人のいい加減さには呆れる。

客席案内係のオヤジにもチップを要求された。
ここは日なた(ソル)と日蔭(ソンブラ)で料金が全然違う。
この、くそ暑い日差しのせいだ。
もちろん日なたのほうが安い。
しかも、一番安い僕の席からは逆光になる。

何とかまだ上半身だけは日蔭に入るが、それでも短パンにサンダル履きの足には、じりじりと刺すように日が照りつける。
眩しくて、熱い。

やがて闘牛場に水がまかれ、丸く白線が引かれた。
緊張感が高まる。
汗は流れるが、まるで冬のように空気が張り詰める。

ファンファーレが鳴り響き、パレードが始まる。

騎馬のピカドール、若い闘牛士、そして煌びやかな衣装をまとったマタドール達。

トランペット吹き席の床の穴に突っ込まれた棒につつかれ、下にいる一頭目の牛が入場した。

4人の闘牛士が盛んにマントを振り、牛を翻弄する。

尖った角に突き刺さる寸前、闘牛士は弓のように体を翻して身をかわす。

やがて、馬に乗って槍を構えた二人のピカドールが入場する。
ファンファーレ。沸き起こる拍手。

闘牛士達が牛をピカドールの居る白線の外に誘導する。

牛が馬のわき腹に突き上げるような一撃。
しかし馬には鎧がある。
そこへピカドールが槍で一刺し。
暴れる牛。
 
ここでバンディリェロが登場。

両手に短い槍を持ち、鶴のように構える。
そして一歩一歩牛に近づき、対峙する。
目が合って牛が突進しようとした瞬間、その背中に二本の槍を突き刺して軽やかに身をかわす。

外すと容赦ないブーイングを浴びる。
牛の背中からは真紅の鮮血が流れ出る。

そしてマタドールの登場。
ファンファーレ。
割れんばかりの拍手。

左手にマント、右手に剣を構え、胸を張って颯爽と歩く。
牛の突進を踊るようにかわしては、客席を見仰いで格好良くキメる。
「オーレ!オーレ!」と歓声。

特に今日の6人中2人目のマタドールは、ものすごい人気。
スタイルと言い動きと言い、素人目に見ても一番かっこいい。

剣を取り替えて、とどめの時が来た。
会場は、さっきまでのざわめきが嘘のように静まりかえる。

マタドールは真紅のマントを低く構え、牛を睨みつける。
右手に構えた剣は、牛の首筋を狙って動かない。

一瞬の沈黙。

牛が踏み込んでマタドールに一撃を喰らわせようとした瞬間、剣は牛の首筋に寸分の狂いもなく突き刺さる。

そして、次の瞬間、牛の黒い巨体は地面へと沈む。

しばらくの静寂。

そして、嵐のような喝采。
マタドールは腕を高々と突き上げ、会場は総立ち。
手に手に白い布を持って振る。

やがて黒服の男がやって来て、牛の耳を切り取る。
華麗な技を見せたこのマタドールへの勲章なのだ。

死んだ牛は、4頭の馬に引かれて場外へ。

マタドールは牛の耳を受け取り、会場を一周。

拍手は鳴り止まず。人々は花束やスカーフを投げ入れる。
受け取った彼は花にキスし、スカーフで汗を拭い、投げ入れられた革のワイン袋を掲げて酒をくらう。

呆れかえるほど、格好いい。

もちろん残酷ではある。
しかし、そこには否定できない美しさがある。
死と隣り合わせ故の華がある。

日差しは夕暮れになっても弱まることを知らず、容赦なく照りつける。
やがて対面の客席の向こうに沈むと、会場には照明があたる。

こうして6頭の牛が殺される。

もちろん失敗もある。
ピカドールの馬が沈み込んでしまうこともあったし、マタドールのももが角に突かれてしまうこともあった。

とどめが決まらず、牛を追い詰めて突き殺す場面もあった(これにはさすがに胸が痛んだ)。

全てが終わると今日のヒーロー、2番目のマタドールが大勢の人々に持ち上げられて会場を一周。

子供から女の人から、マタドールを取り囲む。
花束が舞い、拍手は鳴り止まなかった。

生まれて初めて闘牛を観たが、イメージとは随分違っていた。
こんなにたくさんの人で行うとは思わなかったし、本当に牛を殺すとも思っていなかった。

ただヒラヒラと牛をかわすスリルを味わうものだと勘違いしていたのだ。
しかし、「生と死」は日本ではタブー視されているがスペイン人にとっては欠くべからざる要素なのだろう。

闘牛場からの帰り道、サグラダ・ファミリアを通過する時、急にライトが点った。
昼とは、また違った表情を見た。

日曜日だと言うのに、街はえらい混雑。
夕食は山盛りのサラダと黒オリーブのピザ、スペイン産ワイン。

宿に戻り、同室のドイツ人学生と歓談。
たった数日で街から街へ移り行かねばならない身についていろいろ話し合う。
彼は2週間をスペインだけに使えるそうだ。

いつしか、僕は眠り込んでいた。

 

入場のパレード。


牛を翻弄する若手闘牛士達。


馬上から牛を突くピカドール。


一撃を喰らわす瞬間のバンディリェロ。


マントで牛をかわすマタドール。


牛の巨体がゴロンと倒れこむ。


死んだ牛は馬に引かれて場外へ。


喝采を浴びるマタドール。



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