その5 駅伝に参加しました。


 2002年5月26日(日)、荒川土手で開催された駅伝に参加した。

 もともと走るのは大嫌いで、特に長距離は苦しいし疲れるだけで、何の魅力も感
じなかった。高校時代陸上部員達が来る日も来る日も走っているのを見て、「何が
楽しいのかなあ」と思っていた。
 ところが去年の秋、友人A君に一緒にハーフマラソンに参加するよう誘われ、酒
の席の勢いでOKしてしまったのだ。翌日、二日酔いと戦いながら自分の軽率さを
呪い、それでも仕方なくトレーニングを開始した。

 近くに川を埋め立てた遊歩道があり、車も来ないし街灯もあるので、まずはそこ
を走る。初日は準備運動もせず限界も分からずに遙か遠くまで走ってしまい、体
が悲鳴を上げた。翌日はいきなり休んで、筋肉痛が癒えた頃に再開。始めの数
週間は適当な距離もペースも分からなかった。
 黙々と走るのに飽きた頃、何でも形からはいる僕はクロストレーニングシューズ
を買った。さすがにその日は嬉しくて、いつもより余計に走ったと思う。

 そうこうするうちに秋が深まり、冬が来た。
 一枚ずつ着る物を増やし、帽子をかぶって白い息を吐きながらのジョギング。
体が温まるまでは何も考えられない。休みの日には、暖かい昼間に走る事にした。
飽きないように、なるべく知らない道を走る。くだらないいろんな考え事をしながら。
 ハーフマラソンの日にはキャンプインストラクター資格取得のための合宿が入
ってしまい、結局参加は出来なかった。でも、この時点ではまだ完走も出来な
かったんじゃないかと思う。

 春が来て、遊歩道も桜並木に変わった。走るのは相変わらず苦しいし疲れる
けど、いつの間にか生活の一部になってきて、残業や飲み会が続いて全く走
れないような日々には、自分に対して罪の意識すら感じるようになっていた。
 そんなある日、ハーフマラソンに誘ってくれた友人達が、今度は駅伝に出よう
と言ってくれた。

 駅伝は自分の練習不足が仲間に影響してしまう。リタイヤでもしようものなら、
友情にヒビすら入りかねない。でも、せっかくこんなに走ったんだから何かに挑
戦したい気になっていた僕は、仲間に入れてもらう事にした。
 総距離は23kmで、10km―5km―3km―5kmの4人で走る。僕はアンカ
ーで、5km区を走る。

 その日から練習場所を近くの陸上グラウンドに移し、一周500mのトラックを
10周してタイムの推移を計り始めた。遊歩道を走るのに比べると景色の変化が
なくてつまらないが、周りを走る人の姿に励まされるし、自分の成長も分かる。

 走り始めて半年が経ち、いよいよ本番がやってきた。
 天気は上々。暑さが心配なくらいだ。
 集合場所の赤羽駅には、電車より早いのでバイクで行った。
 4人とも少し緊張しており、A君にいたっては先日風邪を引いて会社を早退した
らしい。
 みな練習不足を訴え、周りの参加者達が強豪に見えてくる。
 会場の荒川土手にはすでにたくさんの人があふれていた。ショートの部(12km
)はもうスタートしているらしい。

 本格的なウェアの陸上部風の参加者に混じって、チビッ子を含む家族チーム、
女性チーム、果ては「セーラームーン」やミュージカル「アニー」に扮した仮装チーム
など様々な人々が思い思いのウォーミングアップをしている。

 エントリーを済ませると、ゼッケン、会場図、記念Tシャツ、ペットボトルの水がもら
えた。四隅を安全ピンで留めると、嫌が上にも「これから本番だ!」という緊張感が
高まった。そのせいか仮設トイレは長蛇の列。
 Tさん夫妻が用意してくれたバナナを食べ、緊張して脈絡を失った話をしながらも
ストレッチを行い、刻一刻と近づくスタートを待つ。しかし暑いな。

 スタート直前。第一走者のTさんに激励の言葉を告げ、残りのメンバーは見守る。
 司会者がコミカルな仮装チームの紹介をひと通り終えると、800チームが一斉に
スタートを切った。
 人数が多いので全員がスタートラインを超えるまでに数分もかかる。先頭はもう、
ずいぶん先に行ってしまった。密かに狙っていた優勝は、この時点ですでに危うい。
 たくさんの観客の中からも僕たちを見つけてくれたTさんは笑顔で手を振り、ラン
ナー達の中へ消えていった。中継点は全て会場付近だが、この先10kmは声援も
なくただ一人黙々と走ることになる。駅伝はチーム競技だが、孤独なのだ。

 A君を始め、第2走者達は中継点で待つ。その数も800。早くもトップチームが入
って来ると、みな我先にと前に出たがる。しかし渡す場所は5人横に並ぶのがやっ
となので、第1走者が最後のカーブを曲がった時にゼッケン番号が読み上げられ、
スピーカーでそれを聞いた走者が並ぶことになる。
 しかし、読み間違え、聞き逃しに加え走り終えた選手が倒れこんでしまったりで、
中継点は笑ってしまうほどの大混乱。ゼッケン番号756の僕達は700番代、75
0番代が呼ばれるたびにビクビクした。
 セーラームーンやミニモニの扮装をしたチームが次々に入ってくる。彼らはきっと
練習もきちんとやった上で、余力で楽しんでいるんだ。色モノだと思ってあなどって
いた。

 やがてハッキリと「756番」の呼び声が。A君、緊張の面持ちで並ぶ。待ちに待
って何度も見間違えた黄色いシャツのTさんがカーブから見えた。
 赤いタスキが手渡され、A君がスタートする。声援を送る僕達。
 10kmを走り終えたTさんは不思議と汗をかいていない。河川敷なので風が強く、
汗はすぐに飛んでしまうという。

 次の中継では各チームの差が開き始めたせいか、混乱は少なかった。
 Sさんの緊張が高まるのが見ていて分かる。最後に一口だけ水を飲んだ。

 「756番」の呼び声がかかり、A君の姿が見えた。Tさん夫妻と僕は力の限りの声
をあげて、Sさんを送り出す。高校の体育祭でもここまでは応援に燃えなかった。プロ
スポーツ観戦では尚更だ。しかしこのチームの勝敗には、自分が直接かかわってい
るのだ。

 Sさんは3kmを走る。僕は最後の準備体操をしながら周りを見回す。女性ランナー
やチビッ子までもがオリンピック級の選手に見えてくる。
 走ってきたもののアンカーの姿が無く、タスキを高く上げて仲間を呼ぶ第3走者。
 聞き逃さないようにしなければ。

 ここ半年の練習を思い出す。脇腹や爪先が痛くなった日もあった。体調を崩して
何日も走らないこともあった。完走はできると思う。でも順位は下げてしまうかも
しれないな。などと。
 不意に「756番」の呼び声。
 そして、Sさんのピンクのシャツが見えた。高まる緊張。

 手渡された赤いタスキは暖かく、汗で濡れていた。僕はSさんに声をかける余裕も
なく、走り始めた。沿道にはたくさんの人がいたが、土手への坂を上がると急に誰も
いなくなり、まるで何でもない日曜日の昼下がりのようになった。
 練習で築いてきた自分のペースも忘れ、ただひたすらに走るとあっという間に1km
の立て看板が見えた。このままのペースではもたないかも知れない。でも競争する
事への気負いと、チームのメンバーの走りを活かしたいという気持ちが強く、ペース
を落とせなかった。それでも何人もが僕を追い抜いていく。

 2kmが過ぎた。抜けそうな選手は全員抜いてしまおうと、チビッ子すら本気で抜か
して来たが、折り返し地点を過ぎてよく見ると他のランナーたちは、その子を追い抜く
時「がんばれ!」と声をかけている。ああ、僕はなんて大人げ無いんだ!自分が恥ず
かしくなったが、今回は初挑戦だし勝負は勝負。自分の限界を見てみることにする。
 給水所があり冷たい水を含んだスポンジやコップの水を配っていた。TVでしか見た
ことのないあのシーンだ。うれしくなって両方いただき、ゴクリと飲んだ。

 頭の中で何かがはじけたような気がして、急に走るのが楽になった。

 4kmを過ぎると会場の派手なテントと、さっき僕を抜いたランナーの背中が見えた。
 もうここまでくれば大丈夫。とりあえず彼は抜いてしまおうとペースを上げる。しかし
一度は抜かれた相手。なかなか追いつかないうちに狙ってもいないランナーを何人
か抜いてしまった。
 必死の思いで彼を追い抜くと、ゴールが見えた。他のランナーはクールに自分のペ
ースを守っていたが、僕はかまわず全力疾走。何せ一人抜かせば、順位がひとつ上
がるのだ。記録に飢えた貧乏国選手のように、目に見える選手を次々に抜かして
ゴール。沿道の両側からは歓声とともに笑い声までおこっていた。

 仲間が声をかけてくれる。一人一人と手をたたきながらゴールを喜びあ合っている
と、急にクラクラし始め、汗がどっと吹き出た。
 スポンサーが大塚製薬なので、栓のあいたリポビタンDを手渡される。今は飲める
わけがないだろうと、ごみ箱に手をついて座り込んでしまう。よくマラソン選手がゴー
ルと同時に倒れこむのは、今日の今日までパフォーマンスだと思っていた。

 しばらくして何とか楽になり、仲間のところへ。
 健闘をたたえ合い、走っている間誰にも話せなかったそれぞれの感想をぶつけ合
った。

 結果は800チーム中472位、1時間57分だった。初めてでこの記録は良いのか
悪いのかも分からないが、完走しただけでもこんなに嬉しいのだ。早くももう一回走
りたくなってくる。
 次回開催は9月。ジョギングは続けるつもりだ。

 急に雲行きが怪しくなって、赤羽駅で解散してバイクにまたがった頃、大粒の雨が
降り出した。濡れてしまったが、レース中晴れてよかった。

 思いのほか日焼けしていた。
 

チーム「はるか」のメンバー。
左から誘ってくれたA君、筆者、フリークライミング仲間でもあるTさん、
その友人Sさん。混成チームだが、偶然にも全員同じ大学の出身。


一区(10km)を走るAさんに声援を送る。
「暑いので水分補給を」と何度も放送が入る。


Sさんからのタスキを受け取り、走り出す筆者。


 ゴールが見えて、大人げ無さに
笑ってしまう程の全力疾走。


 ゴール後、スタート地点で記念撮影。
一番右はTさんの奥様。
今回マネージャーとしていろいろな準備や
応援をしてくださった。感謝。


意外にも速い、セーラームーンの仮装チームとの一枚。
次回は負けないぞ。



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